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Dhrupad

北インド古典音楽ドゥルパドの私が師事していますPt. Ritwik Sanyal jiの言葉を日本の師でありますShreeさんが訳した内容をシェアします。



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9月に来日していただいたPt. リトウィク・サンニャルのヨーロッパ・インタヴューの動画です。
鳥のさえずりがなんとも気持ち良く、美しい波動です。
 
ここに拙訳(意訳ですが)を載せます。
 
**********
 
 … 気を聴衆に向けるのはやめなさい、
 それよりも神のために歌いなさい。
 神に向けてハートから歌うことができたなら、
 彼らもまたお前を通して神を見ることができるだろう …
 
私のグルはよくそう語っていたものです。
 
聴衆を前にして、私はまず一旦彼らの波動や気分を感じ取ります。
しかし歌いだすときには、私は全宇宙に向かって飛び出していくのです。
 
それは、聴衆の皆さんと向き合う、というより、最初から最後までラーガと対話する感じです。
ラーガの方が、共に歩こう、話をしようと私を誘ってくるのです。
喜びの中で一緒にメロディを産み出して行こう、と。
それは濃密な対話です。
 
歌い手がこのようにラーガと対話できるなら、聴衆も同じくこの対話を感じ取ります。
そしてついには、この対話は神に向かうのです。
私はステージ上でいつもこのように感じて歌っています。
それは、聴衆が1万人であろうが、10人であろうが、1人であろうが、変わりのないことなのです。
 
私がドゥルパドを習い始めたごく若い頃、私のグル Ud. ジア・モヒウッディーン・ダーガルは、ドゥルパドはとても深遠な何か、とてもユニバーサルな何かである、という感覚を種のように私の中に植えつけました。
私は習い始めのその時からこのことを理解していました。
 
そしてトレーニング期間を終えたとき、ドゥルパドは私にとってミッションとなりました。
子供であろうが、インド人であろうが、日本人であろうが、西洋人であろうが、私はどんな人もドゥルパドに招き入れました。
なぜなら、誰であろうが人は皆、『大いなる存在』の音を求めているからです。
私たちは皆誰もが、あの至高の存在を探し求めているのです。
 
ドゥルパドは私たちに知恵を授けてくれます。
それは音楽に限ったことではありません。
 
生命に関する知恵、内側に向く知恵。
自分は何者なのか、私は誰か、と。
 
感じるままに楽しみましょう、泣きましょう。
昨今は、フィーリングが希薄になってきています。
私たちはただ、あくせく走り回っている。
訳もわからないまま、なぜか走りたがってばかりいる。
沈黙や静けさ、平安を忘れて。
 
ドゥルパドはとても明瞭に、その静けさを、平安を私たちに示してくれます。


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by dechiffrer_pedro | 2018-10-29 20:57 | 北インド古典音楽

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